名古屋高等裁判所金沢支部 昭和31年(ネ)110号 判決 1959年4月27日
控訴人(原告) 尾崎邦夫
被控訴人(被告) 福井県知事
原審 福井地方昭和二六年(行)第四号(例集七巻四号81参照)
主文
原判決を取消す。
福井県大野郡上穴馬村農業委員会が別紙目録記載の農地につき昭和二十六年九月十日に定めた農地買収計画に対する控訴人の訴願につき、福井県農業委員会が同年十月二十九日になした訴願棄却の裁決を取消す。
福井県大野郡上穴馬村農業委員会が別紙目録記載の農地につき昭和二十六年九月十日に定めた農地買収計画を取消す。
訴訟費用は第一、二審共被控訴人の負担とする。
事実
控訴人は、原判決を取消す、福井県大野郡上穴馬村農業委員会が別紙目録記載の農地につき昭和二十六年九月十日定めた農地買収計画を取消す、福井県農業委員会が右農地買収計画に対する控訴人の訴願につき同年十月二十九日なした訴願棄却の裁決を取消す、訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする旨の判決を求め、被控訴代理人は控訴棄却の判決を求めた。
当事者双方の事実上の陳述は左のとおり附加したほか原判決事実摘示のとおりであるからここにこれを引用する。
一、控訴人は
(一) 別紙目録記載の農地(以下本件農地という)を含む控訴人所有のいわゆる刈分地は小作地ではなく共同耕作地であること、昭和二十二年三月頃右刈分地一町二畝二十一歩について従来訴外宮沢初二、同永屋由松、同山本島三郎、同佐藤乙之助、同佐藤助二郎、同古川政夫の六名が行つてきたいわゆる刈分耕作をやめ、右刈分地のうち約四割に当る四反五畝六歩を控訴人の自作地とし、約六割に当る五反七畝十五歩(これが本件農地である)を右六名の者の小作地とする合意が成立したことはすでに原審で述べたとおりである。右のように刈分地を四、六の割合で自作地と小作地に分け右刈分地における従来の耕作型態を変更したのは、右刈分地における従来の収獲分配率に基き地主たる控訴人及び耕作者たる右六名の者の双方の権利を保持し、あわせて右六名の者の耕作権を確保するためになされた適法且つ正当なものであつて、これにより所期のとおり右六名の者が右刈分地における耕作権を確立する結果にこそなれ耕作の業務を奪われもしくはこれをやめたことにはならない。すなわち、たとえ右刈分地の約四割に当る四反五畝六歩についてこれが控訴人の自作地となることにより右六名の者が耕作の業務をやめたことになるという考えをいれる余地があるとしても、右刈分地の約六割に当る本件農地については却つて右六名の者が全面的に耕作権を増大確立し従前どおり耕作できるのであるから、右六名の者の右刈分地に対する耕作権は結局において毫も減少することがない。したがつて右刈分地の耕作型態の変更に関する合意の成立に基き控訴人の自作地となつた右四反五畝六歩について自作農創設特別措置法第三条第五項第二号、第六条の四の規定により右六名の者が小作人とみなされ且つ右四反五畝六歩が小作地とみなされる余地があるとしても、前記のように右合意が適法且つ正当なものであるから同法第六条の二第二項第二号の規定が準用されて遡及買収することができず又右刈分地の約六割に当る本件農地については前記のように右六名の者が全然耕作の業務をやめていないのであるから同法第六条の四の規定の適用される余地はなく、本件農地は同法第六条の二、第六条の四の規定による遡及買収の対象となるべきものではない。この点に関する原判決理由中の判断は失当である。
(二) 控訴人が現在保有する小作地は六反歩余りである。控訴人が当審第一回口頭弁論期日において、本件農地のほかに八反歩の小作地を現に保有している旨のべたが、これは錯誤に基くものであるから取消す(当審第六回口頭弁論期日において)。
と述べ
一、被控訴代理人は
控訴人は本件農地のほかに八反歩の小作地を所有し四反四畝二十歩の自作地を所有している。控訴人の前記主張事実中被控訴人の従来の主張に反する部分は否認する。なお控訴人の保有小作地に関する自白の取消については異議がある。と述べた。
(立証省略)
理由
福井県大野郡上穴馬村農業委員会(以下村農委と略称する。)が控訴人所有の本件農地を自作農創設特別措置法第六条の二、第三条第一項第二号の規定に則り控訴人主張の訴外宮沢初二等六名の者が昭和二十六年八月三十一日なした遡及買収の請求に基き同年九月十日本件買収計画を定めたこと、及び同計画に対する異議、訴願に関する控訴人主張の経過事実は当事者間に争がない。
ところで控訴人は、まず右買収計画の縦覧期間に不足があり右法第六条第五項に反する違法がある旨主張するけれども、この点に関する原判決の判断は正当であつて控訴人の右主張は採用できない。ここにその説示を引用する。つぎに、前記宮沢初二等六名の者が遡求買収請求権を抛棄した旨主張するけれども、この点についても控訴人の右主張を排斥した原判決の判断は正当であるからここにその説示を引用する。
そこで本件農地が遡及買収の対象とせらるべき農地であるかどうかについて争があるのでこの点について検討を加えてみよう。本件農地がもと控訴人所有のいわゆる刈分地一町二畝二十一歩の一部であること、昭和二十二年三月頃控訴人と右六名の者との間で右刈分地全部について従来右六名の者が行つてきたいわゆる刈分耕作をすべてやめ右刈分地のうち約四割に当る四反五畝六歩を控訴人(地主)の自作地とし、約六割に当る五反七畝十五歩を右六名の者の小作地としてそれぞれ耕作する旨の合意が成立し、その頃から右合意に基き耕作型態及び耕作者の変更がなされたこと本件農地が右刈分地の約六割に当る五反七畝十五歩であることは当事者に争ないところである。ところで原審証人荒井重義、同佐藤助二郎、同宮沢初二、同高井治、同佐藤助夫、同古川信男、同古川政夫、同山本島三郎、同佐藤乙之助、同永屋由松、同杉本寿、同蓮川文朔、同石神慶之助、原審並びに当審証人高井繹計の各証言、原審並びに当審における控訴人本人尋問の結果を綜合すると、原判決認定のとおり本件農地を含む右刈分地の昭和二十年十一月二十三日(基準時)当時における耕作型態は、福井県大野郡穴馬方面の山間部落の田について古くから慣行されてさた刈分耕作と呼ばれるものであつて、この耕作型態においては地主は刈分地について殆ど耕作の労務を行わず作人と呼ばれるもの(以下単に作人という)が耕作の労務に従事し、地主はその土地の公祖公課を負担し、耕作に必要な種子及び肥料を作人に支給し、脱殻機等を提供し、右土地の灌漑用排水施設の修理等の費用の大半を負担する一方、作人は地主から全く独立して右土地を利用することができず地主の指示に基いて耕作の労務に従事し、地主と作人とは予め定められた割合でその土地から総収穫物たる稲の総量を分割取得することになつており(従つて作人は地主に対し予め定められた一定の小作料を支払うのではない)、供出制度が定められてからは地主、作人共供出の割当を受けていたこと、そして右刈分地についての収穫物の分割の割合はこの方面における他の刈分地におけると同様従来五割、五割の割合であつたが昭和十七、八年頃からは地主四割、作人六割の割合に改められたこと、そして前記耕作型態の変更及び耕作者の変更に関する地主たる控訴人と作人たる前記六名の者との間における合意は右刈分地における従来の収穫物の分割の割合(四割、六割)に応じてそれぞれ右土地を分けて耕作するためになされたものであること及び右六名の者が右合意成立後本件農地につき従来の刈分耕作をやめ小作地として従前どおり耕作してきたことが認められる。右認定事実よりすると、右刈分耕作なるものは農業経営における地主の直接経営から小作への第一歩を踏み出した耕作型態たるにすぎず作人は刈分地の利用について地主に対して従属的地位にあつてこれを自由に利用することができず、従つてかかる耕作型態における農業経営の主体はむしろ地主にあると解せられるし、又地主が取得する五割乃至四割の収穫物は作人が刈分地を使用収益することの対価として地主に納める物納小作料であると一概に断定することはできない。しかしながら、右刈分地につき実際に耕作の業務に従事しているのは作人であつて地主ではなく、地主と作人の関係はあたかも請負乃至雇傭に類する無名の身分的な契約関係にあるものと解することができるから、右刈分地は結局において自作農創設特別措置法第二条第二号所定の小作地というよりもむしろ同法第三条第五項第二号所定の自作地に該当するものと解するのが相当である。右に関し被控訴人は、刈分耕作なるものは原始的小作型態であつてその本質は小作であり、従つて右刈分地は基準時において小作地であつた旨主張するけれども、右主張は前記説示に照らし採用することができない。他に右認定を覆すに足る証拠がない。しかしながら、右自作農創設特別措置法第三条第五項第二号所定の自作地であつても、その土地につき請負その他の契約に基いて耕作の業務を営んでいた者で基準時以後その土地についての耕作の業務をやめたものはこれを小作農とみなし当該自作地はこれを小作地とみなし同法第六条の二、第三条第一項第二号の規定に則り遡及買収されることがあることは同法第六条の四に規定するところである。そこで今右刈分地乃至本件農地についてみるに、右刈分地の耕作型態及び耕作者の変更に関する前記合意に基き右刈分地の約四割に当る四反五畝六歩を控訴人の自作地とし、約六割に当る五反七畝十五歩の本件農地についてはこれを作人たる宮沢初二等六名の小作地とし同人等において従前どおり耕作してきたことは既に説示したとおりであるから、すくなくとも本件農地に関するかぎり右六名の者は右刈分地について基準時以後耕作の業務をやめたということはできない。そして右刈分地のうち控訴人の自作地とした右四反五畝六歩について右六名の者が耕作することができなくなることにより耕作の業務をやめたものと認められるけれども、自作農創設特別措置法第六条の四の規定は同法第三条第五項第二号所定の自作地について耕作者がその一部の耕作業務をやめた場合、他の耕作業務をやめない部分の土地についてもこれを小作地とみなす趣旨のものとは解せられないから、右刈分地のうち右六名の者が基準時以後豪も耕作の業務をやめていない本件農地を小作地とみなし、これを同法第六条の二、第三条第一項第二号の規定に則り遡及買収することはできないものといわなければならない。したがつて本件農地は他の方法によるは格別右法条による遡及買収することができないものであり本件農地につき村農委が定めた本件買収計画はもとより、これを適法として控訴人の訴願を棄却した福井県農業委員会の本件裁決は共にその余の判断をするまでもなく違法であるから、いずれもこれを取消すを相当と認める。
されば右と相容れない原判決は失当であり本件控訴は理由があるから民事訴訟法第三百八十六条、第九十六条、第八十九条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 成智寿朗 大島三佐雄 至勢忠一)
(別紙目録省略)